盛綱橋

付近住所 岡山県倉敷市藤戸町天城


 今見るこのあたりの山々は、昔、島であった。付近を往来する船も帆影を映したであろう。藤戸海峡は現在、美田と化して僅かに倉敷川に名残をとどめる。
 ここに藤戸・天城の架橋は正保4年(1647)に始まり、以後この地は四国往来の要衝、また川湊として栄えた。降って大正15年、舟運を考慮して無橋脚のトラス橋が建設され、盛綱橋と命名された。橋名は、源平藤戸合戦で先陣の名声を挙げた源氏の猛将佐々木盛綱に因む。
 盛綱は源頼朝が治承4年(1180)挙兵するや弟範頼に従い平家と戦いつつ西へ下った。この地において寿永3年12月(1184)、馬を躍らせて敵前を渡海し、その名を歴史にとどめた功により備前の国児島の地を領し、後に伊予・越後の守護となる。
 今ここに平成元年、装いを新たにしてまた盛綱橋の名を伝える。